2011年12月世界初の4KホームプロジェクターVPL-VW1000ESがSONYより発売された。4Kの名の通り、フルHDの1920×1080に対し4096×2160の画素を持つ(4Kビスタ:DCI)という事は、縦×横=4倍の解像度を持つという事。そして画素が細かく見えにくいために、SONYは視聴距離1.5H(スクリーンの縦寸の1.5倍)までスクリーンに近づく事ができるという事をうたっている。
プロジェクターの画素が大きく変わったという事は、スクリーンがどうあるべきか、プロジェクターメーカーが意図する映像再現を完璧に実現するスクリーンとは何か、今改めてスクリーンメーカーに問われている事に他ならない。スクリーンメーカーとして「4Kに対応」する事が真剣に考えるべき課題であることは明白だ。オーエスはすぐさま開発に取り掛かった。
この2点が大きな課題であるという開発方向はすぐに定まった。それではいったいその素材は何を選べば良いのか?
オーエスのスクリーン素材には大きく分けて、塩ビを原材料としたターポリンのスクリーン、ポリエステル繊維を原材料としたファブリックの2種があり、さらにオーエスオリジナルのパぺルマット(紙パルプ)も実現可能だ。
そこで重要なのが、オーエスがホームシアター専用スクリーン開発をしてきた歴史。
そもそもプロジェクターとスクリーンは野球のバッテリーのような関係にある。オーエスはプロジェクター(ピッチャー)が投げた光(ボール)を、きちんと受け止めるスクリーン(キャッチャー)を常に意識した開発を重ね、その原点には「何も足さない、何も引かない」「プロジェクターの性能を十分発揮させる」「プロジェクターの特性をそのまま結実する」スクリーンを理想としてきた。
そしてプロジェクターの進化とともにスクリーンも進化をしてきた。ファブリックスクリーンのピュアマットが誕生したのはその解答だ。
ならば、開発の方向はピュアマットをもっと進化させる事ではないか、ピュアマットの可能性がもっとあるのではないか。というのが担当者全員の一致した方向となった。
ピュアマットは2000年に誕生し2002年映写用スクリーンとして製法特許を取得した、非常に革新的なスクリーンだ。10年以上経った今でも他の追随を許さない。
当時の開発目標に、「液晶プロジェクター使用時におけるモアレ発生がなく、光の透過損失が少なく、映像のギラツキやホットスポットの発生がなく、且つ広視野角の拡散型スクリーンを目指す」とある。その開発の結果、表側と裏側の織り方の違う、2層の組織からなる特殊織物のスクリーン生地が生まれたのだ。
原点の初代ピュアマット(WF)から、バックコーティングの素材を追求したピュアマットⅡ(WF201)、暗部の階調を深くしたピュアマットⅡplus(WF202)、それらの進化の過程は 「 ピュアマットⅡのできるまで… 」 に詳しい。
そして2010年にはハイゲインを追求し、フルHD対応としてピュアマットⅡEX(WF203)を発表した。その歴史を通して、ピュアマット=「プロジェクターの光をやわらかく自然に受け止める、落ち着いた自然なスクリーン」という評価が定着してきた。ならば、4K対応スクリーンはピュアマットの改良で取り組むべきだと方向が定まった。
4K対応スクリーン開発に非常に参考になったのが、SONY 4KプロジェクターVPL-VW1000ESでWF203を試写した際の評論家の皆様のご意見だ。WF203はフルHDには十分なスクリーンだが、更に4倍の解像度を投写してみると、
「暗部の深みが足りないね」
「明るさが足りないね。プロジェクターで上げるのか、スクリーンが補うのか」
「スクリーンは階調差をきちんと出せればいいよ」等という意見をいただいている。
中には、「何も問題ないよ。これでどんどんPRしたらいい」という心強いご意見も頂いた。ピュアマットの進化形でいく事に大きなアドバイスとなった。
という課題をクリアする事。モアレなんか勿論タブーだ。新しいスクリーンの誕生へ向け、プロジェクトが始動した。
ある先生が言っていた言葉「今のサウンドスクリーンで、SONYさんの言うように1.5Hの位置で映画を見ると、みんな織目が見えちゃうんじゃないの」イメージされるのはファブリックのサウンドスクリーンだ。
ならばピュアマットはポリエステル繊維の経糸・緯糸を使用しているが、光を受ける凹凸となる織目を小さくし、フォーカスを合わせやすくするために、スクリーンとして織り上げ可能な限界まで糸を細くしよう。
ピュアマットに施されているコーティングは再検討し、光の拡散反射率を向上させる。
樹脂加工をして、スクリーンに張りと固さを持たせる加工を施す。
スクリーン表面からの光の透過を抑え、更にバックコートの素材が生地表面へ滲み出す事を抑える技術的解決を求める。
スクリーンの反射特性を更に安定させ、スクリーン全体で同様の効果を生み、更にホットスポットを生む事の無い表面コーティングの検討。
事前の予測の結果、最初のテスト織は縦横とも太さ約半分の糸を使用した生地を試作する事とした。織り方はオーエス独自のランダムな特殊織物だ。
出来上がった布地は、予想以上に気持ちが高ぶる出来ばえで、WF203(上の丸写真)とは明らかに異なる滑らかなサーフェイスに仕上がっていた。(右の丸写真)
この出来ばえであれば、あとは輝度を上げれば良い。異なる生地2種×バックコート2種=計4種のテスト生地を制作し比較した。
さて、試作品は織目の縮小によりモアレの心配は全く無い上、更に生地表面の凹凸を感じる事も無い、見た目では非常に滑らかな仕上がりになったのだが、しかし、案に反して4種とも高輝度の目標にはほど遠く、測定の結果ゲインが大幅に下がってしまった。なぜか?
原因は糸が約半分の太さになったため、裏面のバックコートが計算以上に、織目の間から表面に透けて見えてしまう事だった。
実はバックーコートの塗装色を、輝度を上げる為に淡い色を選択したのだが、結果は全く裏目に出てしまっていた。生地を肉眼で見た時の色味も、色彩輝度測定値の差が微妙に現れていた。
また一方の生地はギラツキ感が出るだけで、バックコートの色が透けてしまうという致命的な欠点があり、採用できない事を再確認する事になった。
新年度には完成させたいとの想いから、試作3度目には、第3者による評価を受けたいと考えていたために、3回目の試作生地の上りには非常に神経を使う事になった。
まずバックコートの光の抜けを防ぐためにとった方法が二つ。
一つはバックコーティングの色を暗くしながらも、ゲインを落とさない程度に明るくする事。(黒→グレー)
二つには、ゲイン1.0以上のスクリーンとするために、①ホワイトマットの限界値、②ピュアマットベースのビーズスクリーン、③ピュアマットベースのパール以上3種の投写面加工をする事。
まずはこの3種の加工×2種のバックコーティング=計6種の社内評価だ。
結果は、ビーズスクリーンとはいうものの、コーティングとは言えないようなデリケートな加工により、ちょうどホワイトマットとビーズの中間のような、映像もデリケートな再現性を見た。パールもギラツキ感を抑える事が出来て、魅力ある幕面となった。
そのため最初の試写はホワイトマット、パール、ビーズの3種とも制作し、見てもらう事となった。
いよいよ2013年2月4日試写の日。オーエス東京ビルに関係者が集まった。
第3者として、AV評論家の先生に試写をお願いした。開発担当にとって、評論家諸氏の目に触れご意見をうかがうのは、まるで針のむしろに座って裁きを受ける感じに似ている。
3種の生地を全く同じ条件で観ていただくために、スクリーンを3本作るのではなく、ケースを固定してローラーごと生地を取り換える方法にした。 幸いオーエスTセレクションは、ローラー交換がねじ4本を外すだけで簡単に行える。ローラーごと交換する事によって、プロジェクターから幕面までの距離も、簡単に等しく合わせる事が出来、画像の印象が新鮮なうちに、短時間で別の幕面画像を比較ができる利点がある。
視聴用に制作したスクリーンのデータは以下の通り。
バックコーティングは色の透過の影響を受けにくいグレーコートに統一した。単純に幕面だけの比較ができる。
「ビーズがまとまりが良く、しかもハイファイ調だ」
「パールはバタ臭い面白い個性がある」
「パールは映画を見るのに楽しげで、良いリアリティがある」
「ビーズにはギラッとした感じがあるが、嫌味がない」
「パールは赤の透明感があり、コントラストも良い」
「ビーズはチャレンジングなスクリーン」
等々高評価を受け、市販化への意を強くした。 しかし3種ともそれぞれ良いなどとは、開発チームにはうれしい半面、絞り込みが大変な事になった。
この段階では小片のサンプルしか目にしていないために量産が出来るか?不安に駆られていた。
単純に織りの糸を細くする事は、製造現場には2倍の時間と生地の均一化の精度が求められる。それらの問題も光学特性を追求する事と同時に、解決していかなければならない課題だった。
大きな壁だった、市販化=量産化=生地の安定化をするためには、生地をまずしっかりと織り上げなければならない。
それまでのスクリーンに無い特長を持つ幕面が、3種も出来上がったが、壁を乗り越えるために、しっかりと作りこむという事で1種に絞り込むことにした。判断の基準になったのは、やはりピュアマットの原点だ。
「なにも足さない、何も引かない、プロジェクターの性能をそのまま引きだすスクリーン」
評論家の皆様の感想も
「ホワイトマットが一番使いやすい基本の幕面」
「ホワイトはもっともバランスが良い」
「スクリーンはフラットなほうが良い。いろいろなプロジェクターがあるから、何にでも合わせやすい」
「ホワイトが、わかりやすいディティール表現が一番できている」
等と、ピュアマットの伝統をそのまま受け継いでいる高評価を頂いていた。
結論が出た。ホワイトマットのピュアマットを市場投入しよう。
そのために更にブラッシュアップを重ねていこうという事になった。
ピュアマットの系譜を受け継いでいるという伝統を表すために、製品名は「ピュアマットⅢ」、生地型式は「WF301」と正式に決定した。ピュアマットの第3世代である生地という事が、お客様に最もわかりやすい製品名だと思う。
安定したゲイン1.0を実現するために、グレーコートではやはり光の無駄を生じる可能性がある。ブラックコートは必須条件だ。バックコートの色の透過率をゼロにする事を可能にする事によって、ブラックコーティングを可能にしなければならない。
ピュアマットという生地は、織り上げた基布を、樹脂液に浸し生地の腰を作り、その上でバックコートに更に特殊樹脂をコーティングするのだが、発泡コーティングという織目に入っていかない特殊なコーティング技術を採用している。WF301も同様だ。糸が細くなった条件の中で、オーエスの開発陣はこのバックコートにもう一工夫を加え、バックコート透過率ゼロを実現した。バックコートを黒にできた事により、より映像が締まった感じを与え、コントラストが鮮明になった。
幸い、このひと工夫はスクリーン生地を補強する効果も生み、生地の腰を強くする事となった。更に表面の凹凸を安定させ、スクリーンの端まで同じ反射率を確保するために、表面にごく薄いコーティングを施した。
残る課題は、糸が細くなったために薄くなった基布の生産の安定を図る事。生地を織る際に、最初と最後の仕上がり感が変わってしまっては困る。糸とび、フレアが出ないように、織機の調整は厳密を極めている。糸が細いためによじれなどのゆがみが出ないような管理や検査も重要だ。
こうして2011年々頭から始まった4K対応スクリーンの開発は、2013年4月10日、ようやく最初の量産の布地がラインオフした。
最終的に仕上がったWF301は、非常に素直な映像を映し出しながら、4K最大の魅力であるフォーカス感をしっかり実現する、空気感を感じるスクリーンになった。評論家の先生諸氏から、完成度の良さに高評価をいただいた。最上級のホームシアター実現を目指すユーザーに自信を持ってお勧めできる製品となった。
今後はスクリーンの機構にどのように取り付けていくか、当初はPAという最も安定した張込スクリーンに取り付け、理想的平面でユーザーにご提供するが、巻き上げスクリーンの需要にお答えできるように研究を重ねて、近いうちに電動スクリーンがお披露目できるように開発陣は今も頑張っている。